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2011年6月20日 (月)

震災に思う

震災から100日が過ぎた。
いろいろ思うことはあったけれど、文字にするのは初めて。

震災は「天罰だ」
私はそう思っている。そう感じている。
石原都知事がそう言ったと聞いて、共感した。
その後撤回したようだけれども、私は今でも、天罰だと思っている。

特別な神様を信じているというわけでもない。
なのに、何故「天罰」だなんて神がかり的なことを思うのか?

世の中に「悪意」があふれてきたからだ。
それも、「悪意」という姿を見せないように、じわじわ増えてきた。
亡くなった肉親を弔いもせずに、年金をもらう。
わが子に食べ物を与えず餓死させる。
小さな子供に暴力をふるう。
教育現場が荒れる。
言いがかりのような、クレームが増える。
被害者が加害者に変貌する。
うまくいかないことは人のせいにする。
うまくいけば、自分のおかげと思う。
自分以外は皆バカだと思う。
真面目なことをあざ笑う。
ずるく稼ぐことを誉めそやす。
公共の電波を使って誰かをもちあげる。
公共の電波を使って誰かを袋叩きにする。
皆で集めたお金を、自分の為だけに使う。
悪いことは社会のせいだと言う。
努力するよりも、弱者の立場を利用する。
自分が正しいと大声をだす。
人の話じゃない。
非難しつつ、自分の中の愚かしい部分に気づく。
やさしさ、謙虚さ、感謝の気持ち。
美しい感情が希薄になっている。
誰かが新しいパンドラの箱を開けたのか?
世の中に悪意が満ち満ちてきた。

そのうち天罰が下るのじゃないか?
そんな風に思っていた。

だから、震災が起きたとき「天罰だ」と思ったのだ。

私は家も、仕事も、家族も無くしてはいない。
被災者とは立場が違う。
無責任に、これは「天罰だ」思い上がった現代人は、我が身を反省し改めよ。
などと言ってるつもりもない。
ただ、罰を受けているように思うのだ。
罰を受けているように感じるのだ。
こればかりは、どうしようもない。

恥ずかしながら、阪神大震災でも普賢岳でも、今まで義援金を振り込んだことはない。
コンビ二の募金箱にでお釣りを入れる程度のことしかしたことはない。
だが、今回は、震災の翌週の月曜には義援金を振り込んだ。
罰を受けているから、何かしなくちゃいけないと真剣に思ったのだもの。
この三ヶ月、何度かに分けて振込みを続けてきた。
だからといってまだ、許されているように感じないけれど。
でも、「悪意」に満ち溢れていた日本に、たくさんの「善意」が現れたと思う。
まだまだ、日本人は捨てたもんじゃないと思う。

神様、少しは人間どもをお許し下さい。

三ヶ月が過ぎて、普通の日常を過ごそうとしている。
意識的に消費をし、遊びに行く。
人が流れ、お金が流れ、日本が動きますようにと念じながら。

「祈り」がパワーになって、日本を良い方向へ導いてくれますように。
そんな風に思いながら、普通の日常を過ごしている。

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